仕事を辞める手続き1

仕事を3月31日付けで辞めたことは、今までのエントリーで書いてきました。ここのエントリーでは、辞めるにあたっての手続き面などのお話しをしたいと思います。仕事を辞める予定の方のご参考になれば。

まずは、仕事を辞めることを決めたのは、去年の12月頃、この頃から、転職活動含めて考えるために、難病があるので、難病支援センターの就労支援担当の方とお話しをはじめ、また難病支援センター就労支援担当の方経由で、ハローワークの難病担当の人へとつないでもらいました。

具体的に職場に辞める旨を伝えたのは、今年の1月になってから。辞める方向で考えている旨を伝えていましたが、具体的な手続きには移行していませんでした。あ、人事の方には、もし辞めるとなったときには、いつまでに、何の手続きが必要かは聞いていました。

課長や副課長、係長を交えて、正式に辞める旨をお話ししたのは、2月10日頃、そして、手続きに必要な書類(退職願)を送ってもらい、2月13日に正式に課長に提出しました。(このあたり、会社等の就業規則をきちんと確認してください。うちのところの場合は、1ヶ月前までに退職願を提出すること、とあったため、この期日で提出していますが、就業規則によってはもっと前の必要があることがあります。)


平行して、健康保険は職場の保険を継続(任意継続と言いまして、職場の厚生なり共済なりの保険に一定期間以上加入していた場合、2年間までは、いままでの保険を継続できます。ただし、勤務しているときは労使折半といいまして、負担は1/2なのですが、任意継続では保険料は全額自己負担になります。ざっくりの金額がどれくらいになるか、健康保険組合に聞けば教えてもらえると思います。)するか、国民健康保険にするかを考えるために、市役所の保険年金課に、保険料がどれくらいになるか聞きに行きました。保険料は前年所得に応じて決まるのですが、2月頃だとまだ役所に前年所得の情報が来ていないので、正式に算定できないため、参考資料として、前年所得の源泉徴収票を持って行きました。前年所得の源泉徴収票があれば、そこそこ正確に算定できます。おすすめです。

で、結果、前年所得が少なかった(休んでいる期間が長く、無給休職の期間が長かった)ため、計算すると、国民健康保険の方が、職場の健康保険の任意継続よりも、月1万円ほど安くなる計算だったため、国民健康保険に加入することにしました。で、手続きの方法とかを聞いていました。


退職願を提出してからは、その後、部長や人事の方で承認された後、手続きとなりました。まずは、労働組合がある会社だったのですが、労働組合の脱退手続きや、慶弔金(退職でも対象)や余剰金の振込先の登録などがありました。そして、退職金も幸いに、少しですが出るとのことで、その振込先や、また源泉徴収するための税務関係の書類を書きました。


さらには、退職手続きに伴って必要な各種書類を書くほか、説明などを受けました。

3月1日以降は、退職1ヶ月前となるため、手続きも本格化し、保険組合の関係の書類(職場の医療保険の脱退手続きや、退職祝い(おめでたくはないですが、私のパターンの場合)金の請求、その他の手続きをしていました。

長くなってきたので、エントリーを分けたいと思います。

退職した件について

3月31日付けで、13年間勤めた職場を退職した旨を、昨日のエントリーで書きました。4月1日のエントリーですが、エイプリルフールじゃないよ!

さて、辞めた理由はいくつかあるのですが、
・病気が深刻化し、これ以上通常勤務を続けるのが困難になった
・病気で休める期間をほぼ使い果たし、給与が出なくなった
・病気で復職できる見込みがなくなった
・事実上の退職勧告を受けた(強制力はないものの、事実上難しいと)
・障害年金を受給できることになった(また後日別のエントリーで)
・残された時間も少なくなってきたことから、やりたいことにチャレンジしてみようと思った
・体力や病気と相談して、出来ること出来ないことが出ているので、出来ることの範囲でやれることをやってみようと思った
といった感じです。

今までの仕事では、いろいろ制約事項が多かったのですが、辞めて、ある程度自分のペースで、好きなことをしていこうかなと思っています。

もっとも、転職活動も同時に進めていて、良いところがあれば転職しようかなとも思っていますが。(後日エントリーにします。)


しかし、仕事辞めるとなると、意外とあっけないですね。退職辞令渡され、それで終わり、という感じでした。まぁ、退職に関しての細々とした手続きはありましたが。そのあたりはまた、別のエントリーにてご紹介したいと思います。仕事辞める方の参考になるかも知れませんので。

お久しぶり&ご報告

お久しぶりの投稿です。諸般の事情があり、しばらく投稿出来ませんでした。失礼いたしました。毎日1投稿目指していたのですが、約1ヶ月で出来なくなっておりました(・ω・)←

さて、諸般の事情も無くなったことですので、またブログの投稿を再開したいと思います。あ、今日はエイプリルフールですが、エイプリルフールにならないように頑張りたいと思いますので、どうぞお付き合いの程、よろしくお願いいたします。


で、ご報告事項があります。このたび、管理人の方、昨日をもって、13年間勤めた職場を退職いたしました。今日からは、無職というか、フリーランスというか、年金生活者(また別のエントリーで書きます)というか、です。

13年間、長いようで短い職業生活でした。仕事を辞めるに至った経緯や、また、その後の状態については、こちらもまた、別途エントリーにしてブログに記録したいと思います。

あ、仕事辞めたの、エイプリルフールじゃないですよ!

それでは、これからもよろしくお願いいたします。

(1/28-29)京都に行ってきました(後編)

前のエントリーの続きです。1月28日〜29日に京都に行ってきたお話しの続きです。

四条河原町のマルイの中にある、茶の木で抹茶パフェとほうじ茶ラテを楽しんだ後、三条近くまで歩き、MOVIX京都へと行きました。そして、福井ではやっていない映画を鑑賞しました。

MOVIX京都で映画鑑賞をしたのちは、地下鉄三条駅まで歩き(この段階で少し雨が降り出していました)、そこから地下鉄東西線で烏丸御池まで、そして地下鉄烏丸線で京都まで行きました。


京都駅周辺では、まずは京都タワーに登って夜景を見てみることにしました。京都タワーは障碍者割引400円(半額)でした。平日夜なのに、結構混んでいました。京都タワーからは、夜景でも京都駅ビルや、また条里制で道がまっすぐな様子がよくわかりました。

京都タワーに登って、降りたあとは、京都駅ビルに向かいました。京都駅ビルは普段は京都駅で降りて目的地に向かう、通過地点でしかないのですが、久しぶりにゆっくり観光してみようと。

まずは、京都駅ビル名物、大階段へ。ライトアップされていました。そして、大階段横のエスカレーターで屋上へ。屋上で一通り周囲の景色を楽しんだ後、空中径路という西側と東側を結ぶ展望通路を通り、東広場へ。そして、一通り観た後(イルミネーションのモニュメントや、鐘、駅ピアノなどがありました)、下に降りました。

その後は、地下鉄で四条まで、そして歩いてホテルに着き、そしてそのまま寝ました。


翌日朝は、7時から朝食バイキング。朝早すぎたのか、誰もおらず、貸し切り状態でした。珍しい物も含め、いろんな種類があったので、ついつい取り過ぎまして、食べ過ぎました。

本当は朝から高校の母校(大阪府寝屋川市)まで行ってみようかなと思っていたのですが、さすがに疲れが強く、チェックアウト時間(11時)ギリギリまでホテルでシャワー浴びたり、ごろごろしたりしていました。

ホテルチェックアウト後は、四条から地下鉄烏丸線で京都駅まで、そして伊勢丹でお土産を購入し、ちょこっとまた京都駅ビル観光をしたのちに、改札に入りました。


京都駅からは、特急サンダーバード19号で福井へと戻りました。昨日とは違い、今度は強風の影響も無く湖西線経由で、定刻通り順調に走っていました。

が、福井駅まで(特急停車駅で)あと一駅という、鯖江駅で、トラブル発生。先を走る、特急サンダーバード17号とお客様が、芦原温泉駅(福井駅の特急停車駅で次の駅)で接触事故とのことで、北陸線が運転抑止(運転見合わせ)となってしまいました。そのため、鯖江駅でしばらく停車(ドアは開けたまま)となりました。当初は45分遅れの14時15分運転再開予定だったのですが、警察による現場検証が遅れているとのことで、結局運転再開は14時45分と、約1時間15分遅れとなりました。


そのままの遅れで福井駅に到着したため、福井駅には74分遅れの到着となりました。ギリギリローカル私鉄に乗り換えが出来ない時刻だったので、福井駅でしばらく時間つぶししました。あ、ちゃんと延着証明書はもらいました。特に何に使うというわけではないのですが、記念に。

というわけで、京都一泊二日の旅行に行って参りました。

(1/28-29)京都行ってきました(前編)

前のエントリーで書いた通り、京都に行ってきました。本当は日帰りの予定だったのですが、予定が多く日帰りではきつくなったこと、また、中国の新型肺炎の影響で観光客・宿泊客が減っているためか、京都市内中心部のホテルの値段が軒並み下がっており、泊ってもいいかな?と思える水準まで下がっていたので、一泊二日で行くことに、前日夜に決めました。

朝、福井駅から、特急サンダーバードで京都に向かいました。前日夜にすでにJR西日本のサイトで予告されていた通り、湖西線が強風のため、北陸本線~米原~東海道本線経由になり、普段よりも40分余分にかかりました。米原で臨時停車していました。また、米原では、「湖西線迂回特急サンダーバード」との構内アナウンスが流れていました。京都駅には40分遅れで到着しました。

京都駅で下車して、すぐに京都市営地下鉄の駅に向かい、一日乗車券(京都市営地下鉄、市バス、京阪バス、京都バスが1日乗り放題で900円)を購入して、まずは京都市営地下鉄で京都駅から北大路駅まで。そして、北大路駅で下車し、北大路バスターミナルに向かい、そこから京都産業大学行きのバスに乗り、上賀茂神社の最寄りのバス停で下車しました。

上賀茂神社(賀茂別雷神社)は、もともと生まれがこの近くで、初宮やら七五三やら成人やら、人生儀礼ではお世話になっているので、今回の大厄厄払いもお願いしようと、福井から参拝しました。受付で受付して、初穂料をお納めして本殿に進み、本殿で大厄厄払いを受けました。ほかにはどなたもおらず(まぁ、平日昼間ですしね)、貸し切りで一人でお祓いを受けられました。

その後、お守りを授受してもらいました。「厄除け」「旅行安全」「航空安全」「雷よけ」の各お守りを授受してもらいました。旅行安全は旅行によく行くので、航空安全は飛行機によく乗るので、そして雷除けは、電気(雷)関係の神様なのですが、電気・電子・電子情報関連のお守りとして授かりました。

あとは上賀茂神社周辺を観光したのち、市バスで北大路バスターミナルへ。そしてそこでバスを乗り換えて、七条の博物館・三十三間堂前バス停まで移動。三十三間堂(障碍者手帳で半額300円)と、京都公立博物館(障碍者手帳で無料)を見学しました。友人で頭痛持ちがいるのですが、三十三間堂で頭痛のお守りがあったので、お土産に授受してもらいました。(弓道をしていた友人なので、三十三間堂は弓道でも有名ですしね、通し矢。)
京都国立博物館では、一通り見て歩きました。見て歩くだけで、ボリュームがあって、けっこう時間がかかりました。

その後、市バスで祇園まで移動し、祇園といえば八坂神社、は何回も行っているのでスルーして、近所に比較的新しくできた、漢字博物館に行ってきました(障碍者手帳で無料)。毎年清水寺で公開される、今年の漢字がずらりと過去の分並んでいたり、漢字の成り立ちや、漢字のいろいろについて展示があり、見ごたえがありました。

そして、市バスで四条烏丸まで移動。ホテルチェックインできる時間になっていたため、ホテルチェックインして荷物を部屋に置き、少し身軽になって、再び市バスで四条河原町まで移動。四条河原町の、「0101」でおなじみマルイの中にある、茶の木(福寿園が運営)に行き、抹茶パフェとほうじ茶ラテを頼みました。マルイの株主優待券(1000円分)があったので、利用できるか聞いたところ、おつりは出ないが利用できるとのことだったので、利用しました。

長くなってきましたので、このあとは後編に書きたいと思います。また、写真等は後日アップ予定です。→写真アップしました。

明日京都行きます、が!

明日(1/28)、京都に行きます。主な目的は、今年厄年(本厄)なので、厄払いに、京都の賀茂別雷神社(上賀茂神社)に行こうかと。ついでに、京都観光と、足を伸ばせそうなら高校の母校がどうなっているか見に行こうと思っています。

と思っていたら、JRの運行案内を見てたら、「湖西線強風のため、特急サンダーバード(金沢〜福井〜京都〜大阪)、米原経由になります。そのため、20〜40分到着が遅れます。」とのこと。明日、関東地方は雪の予報になるなど、全国的に天気が荒れる予報なのですが、見事に悪天候に巻き込まれてしまいました。

まぁ、予定自体はそんなにタイトではないので、多少の遅れはなんとかなるようにはしてあるのですが。あとは運休にならないことを祈るばかり。

映画キャッツ(字幕版)観てきました

今日から日本での封切になった「映画キャッツ」の字幕版を、早速観てきました。

https://cats-movie.jp/ (映画『キャッツ』公式サイト)

海外での評判や前評判では、結構散々な評価だったので、期待半分、覚悟半分で見に行きました。

福井コロナシネマワールドで、第一回目の上映の字幕版を観てきましたが、金曜日ということもあり、座席はまばらでした、残念なことに。


で、感想ですが、劇団四季ミュージカルのキャッツを知っていると、音楽とかおおむねのストーリー(多少アレンジが加えられています)とかは同じで、比較的素直に映画を観ることができました。特に音楽が同じものが多いので、劇団四季ミュージカルのキャッツを観たことがあるひとには、なじみの曲も多いのでは?

出演者は、どうしても人間が猫の扮装をしているため、「八頭身モナー( ´∀`)」状態になるのは避けられず、このあたりが評価の分かれ目になっているようですが、でも、私はそんなに抵抗なく観ることができました。まぁ、CGをかなり使っているので、そのあたりが少し気にはなりましたが。ミュージカルだとCGはもちろん使えないので、どうしてもそれと比較してしまいます。

詳しいストーリーや、その他については、実際に映画館に足を運んで観ていただきたいので、省略します。

前評判や海外の評判はいまいちでしたが、私はこの作品はとても良かったと感じました。


劇団四季ミュージカルのキャッツを観たとき、終わりのほうの「メモリー」から、号泣しっぱなしで、周りがドン引きする程度だったのですが、今回の映画も、終わりのほうの「メモリー」から涙が止まらず、大変でした。そういう意味でも、いい映画だったと思います。

海外の評判や、まとめサイト、その他でたたかれていますが、私は他人の意見に惑わされることなく、ぜひその目で観て、評価してほしいと思います。

今回は字幕版を観たので、今度は吹き替え版を近日中に見に行きたいと思っています。また、2月22日には、劇団四季ミュージカルのキャッツを観る予定なので、それも楽しみです。

(1/19)難病カフェシンポジウム2020参加しました

1月19日に東京・早稲田で開催された、「難病カフェシンポジウム2020」を拝聴して参りました。飛行機の時間の都合上、途中退席となりましたが(14時〜15時半まで聞いておりました)。

難病の制度と支援の谷間を考える会

難病の制度と支援の谷間を考える会が主催して、難病カフェの先進地事例紹介(九州の事例など)などが行われました。

キリン福祉財団さんが協力を行っていたので、キリンさんの「プラズマ乳酸菌 iMUSE レモンと乳酸菌」を持参してシンポジウムに臨んだのですが、見事に紹介されておりました。

さて、キリン福祉財団の方のお話しがあったあと、早速先進地事例として、難病カフェ九州サミットの報告が、「難病NET RDing福岡」の永松氏よりなされました。

難病の置かれている現状として、難病=重度の病気のイメージや、若者の姿が見えないこと、疾患間を超えるコラボが少ないことなどが挙げられました。

そこで、「普通の当事者を主役に」ということで、難病関連団体を立ち上げ、また難病カフェの開催に至ったそうです。


九州には10カ所の難病カフェがあるそうで、最初は2016年の北九州市での「腸炎症疾患(ベーチェット病、IBD・・・潰瘍性大腸炎、クローン病)当事者のためのスイーツ」を提供するカフェがはじまりだそうです。

あとは、九州各地の難病カフェそれぞれについて、特徴等を紹介されました。運営母体や場所の問題(特に会場費問題)、スタッフや参加者の特徴、開催頻度、地域性などについて解説がありました。

難病カフェ九州サミットは、運営等にあたっての情報共有や、また今後のモチベーションを上げる場として開催しているそうです。課題としては、費用やモチベーション、マンネリ化や行政との協力問題、そもそもカフェとは?楽しければ良いのか?など、多岐にわたるようです。

難病カフェが集まることで見えてきた特質として、カフェは主催者の傾向が反映される(得意分野や年齢層、疾患区分)のと、ファシリテーター的存在の必要性、また地域性が顕著に表れるとのこと。そして、定期開催は常連がどうしても固まってしまうとのことでした。

「つべこべ言わず・・・カフェに来い!」とのことでした。また、「普通の患者こそ主役」だそうです。「病気と向き合って 目立たず座ってるそのひとが 主役 それを見つけ輝かせる 難病カフェでありたい」として、報告を締められました。


次に、「難病カフェとまりぎの実践と関東地域のネットワークづくりに向けて」として、主催の「難病の制度と支援の谷間を考える会」の白井氏が登壇されました。

自己紹介の後、難病の制度と支援の谷間を考える会の活動についての紹介、そして、難病を巡る今の課題とこれからについて語られました。課題については、一定の法整備(難病法など)により、ニーズがみえにくくなったこと、患者会活動の低迷と高齢化(これは確かに感じる)、当事者同士のつながり、社会とのつながりの必要性などがあり、そこから、安心して集える場づくり(交流会、難病カフェ)への取り組みへと発展させていくようです。

難病カフェとは、「気軽に立ち寄って、落ち着ける場所」、病名にかかわらず、気軽に、時間の束縛無く参加できる場、と会では考えられているそうです。

あとは、「難病カフェとまりぎ」について、過去の毎回の様子の紹介がありました。

そして、「関東難病カフェネットワーク」として、先ほど書いた九州同様、難病カフェの課題等の情報共有、横の繋がり作りなどを行っているとのことでした。


ここで飛行機の時間の都合上、途中退席して、「地域を単位とした難病カフェの特徴と比較」そしてパネルディスカッションは聞くことが出来ませんでしたが、難病カフェについて殆ど知らなかったので、勉強になりました。

主催団体の白井さんに挨拶したときに、難病カフェにもぜひお越しくださいと言われたので、主催団体が開催している「難病カフェとまりぎ」・・・はいまのところ次回の開催日が未定のため、後援団体の「難病カフェおむすび」の難病カフェが今度上京するタイミングで丁度あったため、参加してきてみたいと思います。

(1/18)二次会:難病手帳の制度化を考える会TOKYO

先のエントリーで、難病手帳の制度化を考える会TOKYOについて書きましたが、その後、時間に余裕のある方の有志と、主催者の中金さんが参加して(合計11人だったかな)、近くの居酒屋に移動して2次会と言う名の意見交換会が開かれました。

それぞれの参加者の疾患についての話の他、就労の状況についてや、社労士さんもいらっしゃったので、年金の話、法定雇用率問題や国の動向についてなど、いろいろな話が出ました。

また、「難病」という言葉が漠然としすぎてわかりにくいのが、難病の法定雇用率問題や福祉などが遅れている原因なのではないか、もっとわかりやすい名前がないのか、という意見も出ていました。


そして、癌と比較して、難病はプロモーションが下手(癌の方はセンセーショナルなプロモーションがなされていて、いろいろサポートの動きがあるが、難病はいまいちプロモーションがなされておらず、それで福祉などが進んでいない)という話も出ました。難病の有名人を活用する方法はないか、という話も出ました。


さらに、難病患者と就労について、難病患者が起業して、難病患者同士で仕事をすれば、難病について理解があるし、健常者に混じって肩身の狭い思いをせずに済むし、休みとか配慮とかも得られやすく、また必要に応じて在宅勤務も出来て良いのではないか、という意見も出ました。

これについては、私も前々から考えていた部分はあって、起業できないかなと思っていたりはします。難病があっても働ける会社、なかなか無いのが現状でして、そこで難病患者が社長なりCEOなり役員なりなら、難病に対して理解することも可能だし、難病患者が働きやすい環境を整えることも出来るのでは無いかなと。

以前から、持っている資格や技術技能や、経験経歴などから、起業した方がいいんじゃない?とは、商工会議所のかたやら、他の何人の方から言われていたりはするのですが、なかなか踏み切れていないのが現状であったりはします。リスクを背負うより、雇われでのほほんと与えられた仕事をこなす方が、という思いが。でも、今回、今までの仕事を病気理由で事実上クビになり、いま転職活動中なので、長期スパンで起業もいいかな、と少し傾きつつあるのは実際だったりします。まぁ、第一には転職ですけどね。

いろいろ情報交換できたり、また考えさせられることもあったりで、二次会参加して良かったです。またこのような場に参加したいと思います。

(1/18)難病手帳の制度化を考える会TOKYO参加した感想

1月18日(土曜日)に東京の新宿で開催された、難病手帳の制度化を考える会TOKYOに参加してきました。

ありがとうございございました。2020.1.18.東京開催(難病手帳の制度化を考える会TOKYO)

難病手帳の制度化を考える会Webページより引用

会では、結構全国各地から集まっていました。私の福井から、大阪、名古屋、山形、茨城、千葉、東京近郊など。関心の高さが伺えます。


会では、先ず主催者の中金 竜次氏の挨拶と略歴紹介ののち、なぜ「難病手帳」なのか、「難病手帳」が必要なのか、の説明がありました。難病患者が置かれている現状として、手帳制度がないために、他の手帳が取得できない難病患者の場合、法定雇用率に含められず、就労が困難という問題があります。

また、難病の範囲についても、「指定難病」(本ブログ執筆時点で333疾患、平成29年統計で89万人)なのか、「障害者総合支援法」で定められている361疾患なのか、それとも、指定・難病の定義に当てはまらない難治性な患者まで含めるのか、問題があります。

難病患者の就労については、一般雇用枠での就労をする方法がまずあります。ただ、これでも、難病をオープンにするのか、クローズにするのか、の問題があります。難病をオープンにした方が、就労が長続きする傾向はあるそうなのですが、でもなかなか採用されにくい現状があるようです。
次に、福祉的就労(就労継続支援A型など)があります。難病でも障害者総合支援法の対象の場合は、障害者同様、福祉的就労を利用する方法があります。
そして、障害者雇用率制度での就労。これ障害者手帳が必要であるために、手帳が取得できない難病患者は利用することが出来ません。そこで、「難病手帳」というわけです。
さらに、自営という方法もあったりします。


難病の特徴としては、見えにくい症状による生活への支障が挙げられます。また、症状は一定ではなく、症状に変動性があることが多いです。なので、障害の固定を原則としている身体障害者手帳の取得が困難というのはあるのですが。そして、難病患者がよく訴える、易疲労感(全身倦怠感)も、外からは見えにくく、数値化されにくく、理解されにくい問題があります。

難病は指定難病に限ると100万人行かない程度の話で、社会に与えるインパクトとして弱いのですが、指定されていない難病は数百万人居ると推定されており、これを合わせると相当の人数が難病患者と言うことになり、社会的インパクト(なんとかしないといけない)が生まれるのではないか、という話もありました。

難病に関わる医師や支援者、ソーシャルワーカーなどの意見についても紹介がなされました。


障害者法定雇用率は、昔の身体障害者のみから、知的障害者を含めるようになる、精神障害者を含めるようになる、という流れが出来てきていました。5年スパンで動きがあったのは事実です(行政は5年という数字が大好きです。行政計画とかは5年が単位になっていることが多いです)。そして、難病患者もこの法定雇用率に含められる流れが今後出てくるか、が、この会の一つの焦点なわけです。

ただ、法定雇用率の拡大は、経団連はじめ企業側からは抵抗が強いらしく、なかなか一筋縄ではいかないようです。でも、CSR(企業の社会的責任)もあり、そのあたりは企業にもぜひ真剣に考えて欲しい部分でもあります。

あとは、海外の事例について紹介がありました。フランスとドイツについて、障害者の範囲、そして法定雇用率について。


「小さくて弱い証拠が集まると 大きくて強い証拠になる」。今は難病患者が置かれている状況について、あまり知られていないのが現状です。難病患者は普通に働けるのでは?と思われていたり、逆に、働けない人なのではないか(24時間テレビなどでの、重症の難病患者のイメージが先行している?)と思われていたり。また、難病患者に手帳制度がなく、法定雇用率に含まれないことも、あまり知られていなかったりします。現状では知られていないのですが、知っている人が一定(30%あたり?)を超えると、パンデミック的に広がるのではないか、とのことでした。

あとは、3つのグループに分かれて、自己紹介、どうして難病手帳の制度化を考える会に参加したのか、その他意見について、意見交換がなされました。うちのグループで出たのは、難病手帳で公共交通機関や各種施設の利用料の減免があるといいね、という話と、指定難病(特定医療費)受給者証を取得するかどうか(診断書代が高い割に、メリットが少ない。医療費がさほど高くなければ、取得しないという現状がある)の話でした。

そして、主催者の中金さんから、今後予定している動きや活動について説明があり、次は名古屋で3月に開催します、となり、閉会しました。


2次会もあって、そこでも有意義な情報交換がなされたのですが、そちらは、このエントリーが長くなったので、また別のエントリーにしたいと思います。

難病患者の置かれている現状、特に就労に関して、いろいろ知識を得ることが出来、参加して良かったです。